臨済宗大本山 南禅寺 臨済宗大本山 南禅寺

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宗 旨

釈迦牟尼世尊の正法眼蔵を拈提し、参禅弁道によって仏祖的伝の心印を究明し、正法を伝授することを本派の宗旨とする。(南禅寺派宗制第三条)


 人生苦の根本である生・老・病・死の苦は、いつの時代でも、人が人として生きていくために解決しなければならない最大の課題でありましょう。

 今からおよそ2500年の昔、「苦悩の全てを離れた境地」に達したいという、大いなる願いのもとに出家した、北インド釈迦族の悉達多(シッダルタ)太子は6年間の苦行ののち、菩提樹下に坐禅すること8日目の早暁、天空に輝く明の明星を仰いだ刹那、星と一つになって光り輝く我が心を感得し、ついに悟りを開かれました。

 「奇なる哉、奇なる哉、一切衆生悉く如来の智慧徳相を具有す」(不思議だ、ふしぎだ、この世に存在する全てのもの、仏でないものは何もない)という大歓喜の叫びをあげられ、ここに「有情非情同時成道、草木国土悉皆成仏」の大安心(だいあんじん)が確立されたのでした。時に太子35歳の12月8日のことでした。この日を成道の日とし、以後太子は仏陀(ぶっだ---覚れる者)・如来・釈迦牟尼(釈迦族出身の聖者)・釈尊などと呼ばれることになります。このように釈尊(仏陀)の坐禅による悟り=正覚・仏心を根本として説かれた教えが仏教です。

 釈尊の悟りとその法門は、以後代々の祖師方が並々ならぬ苦修によって、一つの器の水をそっくりそのまま次の器に移すように伝えられてきました。第28祖(釈尊より正法を付嘱された摩訶迦葉尊者を第1祖として)菩提達磨大師に到って、インドから中国へ伝えられました。  当時、中国の仏教は儀礼が中心で、形式に流れやすく、釈尊の正覚(悟り)に直参するという仏教の真髄が忘れられていました。この状況の中で、「不立文字(ふりゅうもんじ)・教外別伝(きょうげべつでん)」を標榜して、中国における禅宗の基礎を築いたのが達磨大師です。

 釈尊の正覚は文字言句では伝えきれない、直接体験を通して、心から心へと伝える以外に方法は無いというのです。
 水を冷たいといっても、言葉ではどのくらい冷たいのか判りません。それを飲んでみて初めて真の冷たさが判るのと同じです。
 静かに坐り、自己の本心本性をみつめ、その導く清浄なることに気づいたとき、自分をとりまく全ての人や物も導く有難い存在として心に響いてくるのです。これこそ他人(ひと)には言葉で説明することのできない体験と言えましょう。
達磨大師より11代目の祖師は唐の臨済慧照禅師です。禅師は「我々の生きた肉体の中に真の仏があり、それは目で見、耳で聞き、口で語るといかたちで、常に我々のからだを出たり入ったりしている。それをはっきり自覚せよ。」と強調しています。自己のうちにある仏心を呼び起こせということでありましょう。

 このように「自性を証する」という体験から出るはたらきを日常生活に生かしていくところに、臨済の禅の特質があります。この法流を臨済宗といいます。因みに禅宗という呼称は、坐禅を生命とする宗旨の意味を強調した表現です。また仏心に参ずることから仏心宗ともいいます。

 

教 義

仏心すなわち大慈悲心をもってひとしく安心の道を得ることを本派の教義とする。(南禅寺派宗制第四条)


 教義とは具体的な教えとその内容のことです。 「だるまさん」で知られている達磨大師は中国で禅宗の基礎を築かれたかたです。

 この達磨大師は、「不立文字・教外別伝・直指人心・見性成仏」と言われています。教えの外に体験によって別に伝えるものこそ禅の真髄であり、お経の文字を離れて、ひたすら坐禅によってお釈迦様と同様な悟りを得なさいということです。つまり、お釈迦様の説かれる悟りは、文字や言葉ではなく、心から心へと伝える以外に方法は無いとの教えです。決して文字による経典が不要ということではありません。文字では伝えきれないものということです。

 絶えず眼を外に向けてばかりではなく、自分自身をよく見つめなくてはなりません。教えてもらって得るものでもありません。技術や芸術と同じように自分自身が経験し、体得するものです。自分自身の本性をよく見つめるとき、すべての人は仏であるということを体験としてつかむことができるという教えです。

 臨済宗ではこの教えを根本教義としています。